番茶を作っています。

毎年、この季節になると茶摘みをして番茶を作っています。サラリーマンだったころ、子供の頃に飲んだお茶が懐かしくてね。家に帰ったら、自分で好きなお茶を作って飲もうと計画していました。かなり美味いと思います。スーパーで売ってるような安物ではありません。

新芽だけを摘み取って、すぐに蒸しあげて、杵で突いて、趣味の世界ですから一生懸命です。母の実家では、一晩桶に漬け込んでいました。各家庭にそれぞれの味があるようでした。和歌山では、茶粥、茶飯が有名です。

近所の開山興国寺では、行事のある時は大釜で茶飯を炊いて、そのおこげでおにぎりを作ってくれました。美味いのなんのって。もう50年以上前の、雲水さんがたくさん修行していて賑やかだったころのお話です。今は坊さんのなり手がないんですってね。

ESPETO(串焼き)というブラジル料理店にて

和歌山高専の近くにブラジル料理店が出来ました。以前からブラジル料理をごちそうになっていたので、気分転換に彼女たちと出かけました。深夜まで飲んでしまったよ。

サトウキビから作ったラム酒とライムのカクテルがとても美味かった。日本酒は大好きだけれど、ブラジルの名酒も華やかで肉料理と合っていました。たまにはね、羽を伸ばしたい。オブリガード

阿武隈山脈のドブロクをいただきました。

いわき市の中根さんとお付き合いを始めてからもう20年ほど経ちます。毎年、阿武隈山脈の湧水を汲んできてドブロクを仕込むのだそうです。10年ほど前に頂いた時にはフランスの高級ワインのようなふくよかな香りと味わいのある、これがドブロクか!、というような名品がありました。「これ、商売になりますよ」と私は電話したものでした。

この本は小泉武夫さんと云って、福島辺りでは有名人だそうです。梅田の本屋に山積みになっていました。この本を読むまで、私は阿武隈のドブロクが貴重な地酒であるとは知りませんでした。知って飲むのと、知らずに頂くのと、その差は計り知れません。福島へ行ったら、ぜひ、阿武隈のドブロクを飲んでみてください。逸品ですゾ。

甘夏の加工柑(ジュース)を出荷しています。

1トン車にコンテナが66杯、甘夏重量約1.6トン。以前は2回も3回も選果場に運んだものでした。今は八朔も甘夏もトラック一回と少しか。ずいぶんと生産量も減った。

今年の採算は、トントンというところか。とりあえずは2haのミカン畑すべてを採り終わって、よかったこと。アルバイトに来てくれたおばちゃんたち、おっさんたち、ホントにありがとう。

正月の同窓会に行きました。

1/2日、中学校の同窓会があるというので行ってきました。卒業生は確か96人ほどでした。

私は人付きあいが苦手で内気なタイプです。なんかエライ写真やな、と驚いています。

次は5年後、卒業50周年の時に集まる約束をしました。歳をとる、ってのは大変なことですよね。

村正の刀

何度か村正の刀を手に取って鑑賞させていただいたことがあります。薄身で、独特の物切れのする波紋がノタウッテいる危なさを感じたものでした。

一ツ胴裁断とか、二ツ胴裁断とか、昔の人は切れ味を試したわけが分かるような気がします。私はそんな刀は持ちたいとも思わないけどね。しかし現実には、山野嘉右衛門の裁断銘の入った刀を大事にしている人も多い。

三島由紀夫が六本木で腹を切って、首をはねられた事件はもう遠い昔話になったけれど、あれがもし、村正の刀だったら、楽に一振りで首が落ちたものなのに、と私は思いました。

11/24日、両国で日刀保の全国大会があります。参加費は高いけれど、毎回楽しみにしています。村正の刀も出品されているでしょう。刀剣博物館にも行ってみよう。

なれずしを作ってみた。

秋祭りの頃になると、なれずしが食べたくなります。子供の頃は毎年、父と母がたくさん作って食べさせてくれました。最近は隣町のなれずし屋さんで買っていますが、一つ1600円もするし、我が家の味とは少し違って商品としての鮨になっています。

それではと思って秋サバを3匹買ってきて、三枚にして、20日間塩漬けにして、1晩もどして、アセの葉で古米のご飯と鮨にしてくるんで、さらに5日間、熟成を待ちました。大失敗ではないけれど、違うな。

親父たちは裏山の大岩という天然記念物の化石の岩山から切り出してきた30㎏ほどの石を4つも5つも置いてカチコチな鮨にして、桶のふちにトロリとした水が上がってきたら食べごろとしていた。古代の化石のダシが効いていたと思う。

私は398円の安物の活けサバを使った。出来たなれずしを食べてみると塩味が残っていない。ご飯の部分にも味はない。ほんわかと生暖かくなっているけど、よくも5日間で腐ってしまわなかったものよ。

アセ(笹の葉)で包みきれないのでバラン(大きな葉っぱ)で包んで、麻で縛って鮨の形にするんだけど、その手間を省いたのがいけなかった。露出したご飯の部分には黄色いカビが付いていた。

とくに腐敗臭はない。熟れ鮨、特有の甘酸っぱい香りが微かにする。男一人の料理だと思ってあきらめるしかない。8合炊いて作ったけど、どこまで食べられるものか。なんせ、なれずし独特の味がしない。

伝統文化は深遠で手の届かない過去の記憶、奥の深いものでした。

山鳥毛の刀が欲しい。

私には刀趣味があります。大阪支部の刀剣会には、もう30年ほど通っています。あまり上達しませんけどね。この30年の間に参加者の顔ぶれもだいぶん入れ替わった。出品刀も変わった。「なんとええ刀やなあ」と唸ることもあった。

景光の太刀の時は、長い行列ができて、やっと自分の番がきて、見終わってから、また行列の後ろに並ぶありさまだった。今は不景気になったので刀の値段も安くなったと聞く。定寸の虎徹でさえ三百万であるという。波泳ぎ兼光でも数千万円と値が付いたとか。刀は、見る人によってそれぞれの価値がある。それが刀の魅力かもな。

今、大阪支部では刀剣女子とかいうように女性が多くなってきた。私は独身でモテないタイプなので肩身が狭くなってきた。私はもともと土木屋なので、トンネル工事や開削工事に女性が入ると「山が怒る」という習慣を知っている。古いタイプです。大相撲で女性大臣が土俵に上がるとなぁ。お互いにマナー、けじめが大事なんだろうと思っている。

現代刀も大好きで、子供の頃は刀鍛冶になりたかった。五年ほど奈良の柳生にある鍛錬場に通ったが、まったく上達しなかった。青竹を切ったりもしたが、抜刀が出来なかった。指を切り落とさないだけでもよかったよ。

エリック・ホッファーを読みました。

最近、この手の本を読むようになりました。年と共に味わいが分かるようになったのかもしれません。まだ若い人には分かりにくいだろうなと思います。

私も学生時代にはあちこちでアルバイトをしたり旅行にも出かけました。スキー場や観光地では、こんな季節労働者がいたことを覚えています。

彼らを自由でいいなと思う反面、私には決められた価値観や期待があって、同じではない、私とは違うと確信していました。

しかし年齢を経てみると、それぞれに人生があって、味わいがあるものだと考え直しています。

「老年期は、人生の甘く芳しい果実でなければならないはずだ。」原書で読んでみたくなる瞬間でした。

私は英語はダメですが、原文には本物の魂があることを知っています。

Philosophy、海外の学生さんに大学院で何をしているのかと聞くと、「philosophyを勉強しています」と恥ずかしそうに答えたことがありました。

日本人にはない感覚でした。日本人は哲学などと言って分かったようにしていますが、あまり口にしたい言葉ではないですよね。

だからでしょうか、日本にはこんな本がないんです。彼らと対等に付き合うためには、本当は一番大事なことだと思っています。人として。

今も人気の由良守應

分家の出世頭の由良守應(もりまさ)の本が配布されました。彼は、何度か刑罰にあっていますが、祖母たちは「女の人のおしりを触ったからよ」と言って笑い話にしていました。

私はこの嘘話が気に入っています。芸者遊びが大好きで、何人ものなじみの女性がいたそうです。守應の本はこれまで何度も出版されています。

今回の本が一番まとまっているようです。しかし芸者衆を裸にして相撲大会を開催したり、伊藤博文らの護衛をしたり、陸奥宗光に付き合って刑務所暮らしをしたりと、まだまだ書かれていない人としての生き様があります。

欧米視察に同行した時も、別便で追いかけるようにしてサポートしています。岩倉具視らの日記にも記載されていて、政府の付け人として重要な役割があったようです。

ほとんど手紙などが残っていないのが不思議です。商人として成功していた菊池海荘や浜口悟陵などとも通じていたのにです。

とくに歴史の表舞台に躍り出たわけではないけれど、人として懸命に生き抜いた記憶は今も人々の記憶に残っているようです。

できれば今NHK大河ドラマでやっているような「西郷どん」みたいなドラマにならないものでしょうか。

由良守應