日本の漫画文化

ホームページの方で「AIには負けない」と書いた。言っとくが私には少女漫画趣味はないからね。もう55年も前、従妹の家に行った時、マーガレットやリボンが積んであって、「ベルサイユの薔薇」があったので読んでいたのだ。「レベッカ」のマンガは面白かったと記憶している。

マンダレーの別荘でのミステリーだ。二十歳のころ、やっと原作の小説を読んだよ。フレデリック・フォーサイスのスパイ小説にも引用されていた。私もたまにはマガジンとか、ジャンプを買ってもらっていた。しかし当時は貧しくて、とてもマンガを買って読む余裕はなかったのだ。

昭和30年代だからさ、まだ高度経済成長はこなかった。親父たちが使った昭和初期のマンガ本を見ていたものよ。最近、作者の池田理代子さんがテレビに出ている。あの時はまだ若かったんだと驚く。よっぽど才能に恵まれていたんだろう。フランスでも映画化されたというから大したものだよ。

それを今、AI化して、楽してマンガビジネスに活用するんだという。なんかヘンな話よ。そもそもこの漫画は、作者の妄想で、ヘンテコな作り話が踊っている。それが劇画となり、独特な大きな目のヒロインが活躍する。これに人々は感動して今もファンが大勢いるというのだ。

添付のURLは英語版だ。翻訳機能を使って見てほしい。ところどころヘンな訳語になっている。それでもさ、海外でこんな需要があるんだから立派な文化遺産よな。私には昔読んだマーガレットの連載の方がインパクトが強かった。同年代の人はそう思わないか。これをAI、人工知能でやるとどうなるのか。

比較してみると分かると思うけど、あまり見たいとは思わない。やはり人間の生の感覚が新鮮で弾けているじゃないか。最近、面白いと思う本が少なくなった。スパイ小説も、すっかり消えてしまった。バイオレンスアクション、なんて本もない。日本は豊かになり過ぎたんだろうね。

ヘンテコでもよい。面白い本が読みたい。地球温暖化とかさ、ウソはダメだよ。カネ儲けはよいとして、政治的に目的のあるプロパガンダ本は反吐が出る。「風力発電」と検索したらたくさんの関連本が出ている。ウソばっかりだよ。カルト、宗教と変わらない。こんな批判精神は必要だね。

宗教と政治は今、エラク問題になっているでしょ。何が悪いのか、何が間違っているのか、君が判断していかないとな。世間の言いなりになったらアカンで。それはこの本を読んだら、気付くことだろうと思うのは私一人なんだろうか。

コンバインに泣いている。

9月になってもまだまだ暑い。33℃、炎天燃えるような暑さよ。夜這い草が稲の穂を覆ってきた。見ての通りまだ青いから、せめてあと一週間、と思いながら刈り始めている。田んぼ一枚刈った。田んぼにはそれぞれ名前がついている。小川、八十坪(ハチャツボ)、五升米(ゴショマイ)、それぞれに歴史物語が付いている。我家の伝統文化だよ。

江戸時代に年貢を納めるのに、田んぼの面積を記録していた。1反-300坪の面積に、八十坪と呼んでいた。そんなわけないわな。5俵の米が取れる田んぼに、五升米と言っていた。何も知らない人が聞くとチンプンカンプンだろうて。それだけ税金を払いたくなかったのだ。今から50年前まで、開山興国寺の年貢に4俵、5俵を納めていた。

ずーっと寺総代だよ。それがヒョンナことから、人はみな平等じゃないかという人が現れた。親父は大喜びしたよ。その通りだ。さっそくみんなで平等に年貢を納めて、役員も持ち回りにしよう、ということになった。とんとん拍子よ。時代背景もある。宗教のありがたみもなく、人々のつながりは消えていた。我家も皆さんと同じく米一袋、30㎏だよ。

楽チンになったけど、なんだかおかしい。それが今は現金納付で5千円か。かつては北条政子の荘園になり、源実朝の墓がある。我家も深く関わってきたと聞いている。由良の庄は港町だから人の出入りが激しい。ほとんど他所から来た人ばかりだ。南海道の東端よ。九州や四国の人が多い。それらの地域と名字が同じだと聞く。

我家のような京都からの都落ちはない。みんな元気いっぱいだよ。言葉の汚さは、大阪から電車に乗って帰ってくるとすぐに分かる。男も女も、なんという下品な人たちよと。18年前に買ったコンバインだよ。何とか1枚刈って、2枚目になった時、カッターのワイヤーがぶつりと切れた。そのまま刈り続けると、稲藁を送るチェーンが妙に緩く動かない。

ドラムが止まった時、ドラムに付いているブーリンが千切れて落ちていた。鉄の塊だよ。疲労破壊だ。エンジンが22馬力と大きいから、各部品にその応力が負担になったんだろう。そして今日は雨。ブルーシートを掛けて放ったらかしよ。18年前は200万円だったけれど、今は300万円もするらしい。米1俵60㎏が1万円の安値を思うと、とても買えるような機械ではない。

私には預金なんかないから、元公務員の妹に相談した。好きにしたら、ということだ。私は我儘だから人との共有は考えられない。その人だって嫌だろう。百姓とはそういうものだ。トラクター、田植え機、乾燥機、籾摺り機、米撰機、すべてフル装備なのだ。ほとんどの人は赤字経営やろうな、と思っている。国の政策なのだ。目の前の山々には風力発電が林立している。

突然鼻血が出てきたという百姓の話。しんどくなってきて、仕事にならないという人は多い。脳梗塞と癌が多い。ここにいれば病気になるリスクがある。大体は敏感に感じ取っているだろう。それを「風力の被害など聞いたこともない」と人々は吹聴して喜びあっているんだから大したものだよ。歪んだ情報とピエロを演じる被害者たち。

たくさんの人から汚い叫びをぶつけられたから、私にはもうどうでもよい。公害とはどこでもこんなものだよ。水俣なんか今でもスゴイじゃないか。水俣学が~とか言ってさ、私は言葉をなくして逃げ飛んだよ。同じやり方だね。根源は闇の権力意識だ。コンバインの300万円か。稲刈りはまだこれからだ。至急酒飲みながら考えて判断する。

百姓するのも大変なことだよ。それにしても暑い。大型台風は日本海を北上しているという。少し助かった。あとは雨の始末だ。田んぼの水が抜けてくれればよいが。

稗に泣いている。

田んぼの畔の草を刈った。稗が生えている。今はまだ稲と同じようなもんだが、もうすぐ覆いかぶさるようにして大きくなる。2mの高さになって、軸が太くて硬いので、コンバインの刃先が壊れてしまう。困ったものよ。この炎天下に稗切りをするか。

1俵60㎏、1万円の世界だ。消毒代と肥料代を差し引くと、いくらになるんだろう。コンバインやトラクター、田植え機に乾燥機、籾摺り機、機械代を引いたら間違いなく赤字になるような気がする。スーパーの米はマズいからな。自分で作った米ほど旨いものはない。

去年、小米、くず米の販売に間違いがあって、大量の「姉さん米」(くず米をそう言う)を今も食べている。私は姉さんじゃないんだけどな~、と反省することしきりよ。多分、来年も古米となった「姉さん米」を食べることになる。

普通のご飯を食べてみたい。武士は食わねど高楊枝か。みかんのダニの消毒をやっている。カッパ着て、大汗かいて、マスクとゴーグルで息ができない。薬のせいで胸がパクパクする。あと何年こんなことやっていられることか。

庚申塚のこと

我家の蜜柑畑には、熊野街道沿いに庚申塚がある。この通りだけ「ウト」と呼ばれていて、昔はここを通るだけで怖かったと聞いている。隣には石造りの道標がある。普通は読めないね。行書、草書だから、昔の人でも特殊な人だけのものだろう。親父が子供の頃、道端に埋まっていたものを掘り出したんだと言う。

最初は墓だと勘違いして拝んだのだと笑っていた。誰もその字が読めなかったのだ。多分、石像は室町時代のものだろう。見ざる言わざる聞かざるの三匹のサルが描かれている。人が生きる知恵なんだろう。頭上には雲がある。これが神さんらしい。庚申講といって、年に六回、持ち回りで行事をした。

我家の時だけ山から椎の木を切ってきて、削った面にお経を書きつけた。観音経を唱えて、素朴な宴会となる。ナマスとか、豆や芋の炊いたんとか、てんぷらとか、各家庭での精いっぱいのふるまいだった。その集まりも50年も前に絶えてしまったから、とても懐かしい。各地区でも同じことになっていた。

石造のデザインは全国共通だ。どこで作られたものなんだろう。きっと専門の工房があって、各地にせっせと運んだのに違いない。国分寺みたいなものか。同じような石造として、役行者がある。これは少し新しそうだ。これも講を作って、奈良の大峰山へ物見遊山に出かけていた。親父に連れていかれたけど、結構にぎわっていたよ。

こういうのを見ると、昔の人の方が精神的に充実していたんではないか、と思えてくる。飾り気がない分、日頃の生活の中で、何が大事なのか直接に教えてくれる。どうも私は、そのどれにも反抗して生きてきたようだ。やっと昔から伝わっている英知、生き方があることに気が付いたよ。いや、ずいぶんと頑張って生きてきたつもりだ。

化石の岩山

我家のミカン畑に隣接して、化石の大岩がある。昔は石材として利用したらしく、護岸の石積み、住宅の造成に使用した。発破の痕があちこちにある。梅干し、のようなウニの化石があって、以前はたくさん転がっていた。石灰岩だから周囲が溶けて化石だけになる。

ところがよ、レジャー客が来て、それを必死になって取っていくものだから今は何もなくなっている。エライものだよ。小学生たちが先生の引率で30人ほどが来ると、もうどんな欠片も拾いつくしてしまう。趣味人や学校の先生が来ると、それはもう虱潰しだよ。

別の所にも同じような化石の岩山があったらしくて、その百姓が言うには、「昔はいくらでもたくさん転がっていたものが、今は何一つない。大したものだよ」と笑っていた。その人は煩いから岩山を発破ですべて壊してしまったと言っていた。

なんせ天然記念物なんかに指定されると、観光客? 私への攻撃で煩いことよ。それを笑ってのことだったのだ。由良町の白崎海岸は白い風景で有名だ。化石の石灰岩は灰色で、変成作用を受けたらしくカルシウムの結晶が所々にある。そんなものも今はないか。

大昔の日本列島の形成、歴史がバームクーヘンのように積み重なっている。カニや魚の化石があったから。我家の蜜柑畑は、化石の岩の下側だ。両脇と上の方は他所の土地になっている。私の畑を荒らさないでくれ。立ち入り禁止だ。電気柵もどれだけ壊されてきたことか。

侵入者には何を言っても通じない。ステンレスの細い線なんか目に見えないからね。猪の罠も仕掛けてある。怪我したら私の責任だと言う。アホらしい。大岩に通じる道は、他に三本ある。隣接する他の百姓は、立ち入り禁止だと言う。私有地だからね。

自分の畑に知らない人が押し掛けてきたら嫌なものさ。それで私に対する悪口合戦になる。もともと仲が悪いからね。嫌な話さ。もし、この岩山が貴重な自然遺産なら、それなりの管理が必要だろう。どうもそうはなっていない。化石を取りつくした岩山は、なんか廃墟を思わせる。

私の子供の頃は、五月五日のこどもの日に、てくてくと歩いて登って、岩山の上で弁当を広げて楽しんだものさ。素朴で、おにぎりとコンコが美味かった。地域の人々も集まってきたものよ。今は違うな。殺伐としている。私の蜜柑畑には入らないでくれ。

私有地、私道、私に権利がある。ぜひ、別のルートから登ってくれ。「立ち入り禁止」の看板を設置するつもりだ。

タケノコを食べている。

裏山に孟宗竹の林があって、タケノコを掘ってきた。ちょうど地面にヒビが出来て、鳥のトサカのような固い新芽をちらつかせている。収穫の合図だよ。親から教えられたとおりに、トサカの倒れた方からトンガの刃を入れる。

稼業だからね。熟れたものさ。しばらくはタケノコ三昧になる。猪みたいやろ。最近は塩漬けにして、夏までしつこく食べている。残った塩の汁は糠漬けに使っている。無駄はない。すっかり一人暮らしになっている。

金の草鞋を履いて畑を歩け。

由良町でも桜が一斉に咲いている。シャツ一枚でも暑い。母親は有田のミカン農家の生まれだから、農家の諺をよく話してくれた。金の草鞋を履いて畑を歩け。畑にはいくらでもカネが埋まっている。有田の人は働き者で、母の実家でも常に何か仕事をしていたものよ。

我家は、その点、ボーッ、としていたかな。山一つ隔てただけなのに、文化の差があった。蜜柑畑には、取りこぼしの八朔が残っていた。「さつき」という。高級品だよ。とても甘く仕上がっている。1月、2月の八朔とは値段が違う。

池の土手には蕨が芽を出していた。これからフキ、タケノコが出るから、毎日繊維質ばかりだ。おかず代が安くつく。酒の当てにもなるからね。田舎暮らしもいいじゃないか。住めば都という。東京や大阪でののサラリーマン生活が夢のようだ。風力被害さえ、なかったらね。人々の狂気さえ、見なかったらね。

彼岸で食事会

久しぶりに墓参りをして兄妹が集まった。八朔と甘夏の収穫、出荷も終わってホッとしている。姪たちが大学を卒業したという。妹の旦那は、教授室でただ事務的に卒業証書を受け取っただけ、妹は女子大なのでそれなりに華やかだったとか、私は学長が直接手渡してくれて力強く握手までしてくれた。

そして「頑張ってください」と言い含められたものよ。川上正光とはそういう偉大な学長であった。御坊市のこの店は満員の盛況だった。グラスワインが旨い。それほど高価なものではないと思うが、私に美味しいと感じさせる店の技術よな。腹いっぱい食べさせてもらった。

一人、静かに座って刀を楽しむ。

30年ほど前、たまたま隣の席に座って一緒に仕事をしていた人が、刀の趣味人であった。大学卒業時に、刀鍛冶の先生に弟子入りを頼んだが断られたという。バブルの絶頂期だった。絵画でもバカな値段がついて、投資対象になっていた。当然に刀も、一本何億円、とかいう値段になっている。

現代刀でも五百万円というからすさまじい時代であった。今でも高い値段の現代刀匠がいるから不思議よな。玄門の会がやっている展覧会に行って、江住有俊刀匠にお会いした。親父と同じs4年生まれ。和歌山の江住町に縁があると言う。元少年飛行兵。自衛隊教官。子供は私と同年で同じ高専卒。

話が面白かったので柳生の里にある鍛刀道場に遊びに行くことになった。高専の生徒たちが、冶金学の研修で、キャンプしてタタラ製鉄を体験していた。鞴の代わりに送風機だったけど。近隣の学長など先生方が集まって、それは楽しい宴会だった。柳生の里の土には砂鉄が含まれていて、手で掬ってみるとキラ☆キラと光る黄鉄鉱が含まれている。

明治時代には官営の製鉄所があったという。今もその時の鉄が残っていて、高級なカンナの刃になっていると聞く。洋鉄にはない切れ味があるらしい。また刀の趣味人が集まって、小刀、穂、刀子を作らせてもらった。日本刀を作る際に出る切れ端で作った。鍛え肌のある本物だ。銘切りも教えてもらった。

江住さんは達筆だった。年に何度か、彼岸の頃、当時の刀を取り出しては打ち粉をポンポンと叩いて、刀を拭っている。不思議に心がシン、と落ち着く。刀の世界は魑魅魍魎の世界だ。虎徹の本を読んでもそれがよく分かる。大体が偽物。

その代表の桑名打ちも、それはそれなりによく出来ている。土産ものにしてはもったいない。格が違うのか。人間社会と同じことだと思って、当時の知人に電話した。

甘夏のジュース柑

重さは同じはずなのに、甘夏になると急に重量感が身に浸みる。大体、コンテナ一杯は20㎏になる。オレンジなどは少し重くなるかな。15日には3tほど出荷した。一人で積んで、選果場に下ろしてくる。年とると辛んどいことよ。

10年前から風車病で体のだるさ、しんどさは増している。選果場に行くと、被害地の百姓たちがいる。私にはもう吐き気でしかない。伊豆や伊方にも百姓の被害者がいて、同じ苦しさを味わっているはずだ。

「風力発電は地域を元気にする」そんなキャッチフレーズを思い出す。誰が元気になって喜んでいるのかは見ての通りだ。大赤字やなと思いながらも、何とか処分した甘夏にホッとしている。