なれずしを作ってみた。

秋祭りの頃になると、なれずしが食べたくなります。子供の頃は毎年、父と母がたくさん作って食べさせてくれました。最近は隣町のなれずし屋さんで買っていますが、一つ1600円もするし、我が家の味とは少し違って商品としての鮨になっています。

それではと思って秋サバを3匹買ってきて、三枚にして、20日間塩漬けにして、1晩もどして、アセの葉で古米のご飯と鮨にしてくるんで、さらに5日間、熟成を待ちました。大失敗ではないけれど、違うな。

親父たちは裏山の大岩という天然記念物の化石の岩山から切り出してきた30㎏ほどの石を4つも5つも置いてカチコチな鮨にして、桶のふちにトロリとした水が上がってきたら食べごろとしていた。古代の化石のダシが効いていたと思う。

私は398円の安物の活けサバを使った。出来たなれずしを食べてみると塩味が残っていない。ご飯の部分にも味はない。ほんわかと生暖かくなっているけど、よくも5日間で腐ってしまわなかったものよ。

アセ(笹の葉)で包みきれないのでバラン(大きな葉っぱ)で包んで、麻で縛って鮨の形にするんだけど、その手間を省いたのがいけなかった。露出したご飯の部分には黄色いカビが付いていた。

とくに腐敗臭はない。熟れ鮨、特有の甘酸っぱい香りが微かにする。男一人の料理だと思ってあきらめるしかない。8合炊いて作ったけど、どこまで食べられるものか。なんせ、なれずし独特の味がしない。

伝統文化は深遠で手の届かない過去の記憶、奥の深いものでした。

山鳥毛の刀が欲しい。

私には刀趣味があります。大阪支部の刀剣会には、もう30年ほど通っています。あまり上達しませんけどね。この30年の間に参加者の顔ぶれもだいぶん入れ替わった。出品刀も変わった。「なんとええ刀やなあ」と唸ることもあった。

景光の太刀の時は、長い行列ができて、やっと自分の番がきて、見終わってから、また行列の後ろに並ぶありさまだった。今は不景気になったので刀の値段も安くなったと聞く。定寸の虎徹でさえ三百万であるという。波泳ぎ兼光でも数千万円と値が付いたとか。刀は、見る人によってそれぞれの価値がある。それが刀の魅力かもな。

今、大阪支部では刀剣女子とかいうように女性が多くなってきた。私は独身でモテないタイプなので肩身が狭くなってきた。私はもともと土木屋なので、トンネル工事や開削工事に女性が入ると「山が怒る」という習慣を知っている。古いタイプです。大相撲で女性大臣が土俵に上がるとなぁ。お互いにマナー、けじめが大事なんだろうと思っている。

現代刀も大好きで、子供の頃は刀鍛冶になりたかった。五年ほど奈良の柳生にある鍛錬場に通ったが、まったく上達しなかった。青竹を切ったりもしたが、抜刀が出来なかった。指を切り落とさないだけでもよかったよ。

エリック・ホッファーを読みました。

最近、この手の本を読むようになりました。年と共に味わいが分かるようになったのかもしれません。まだ若い人には分かりにくいだろうなと思います。

私も学生時代にはあちこちでアルバイトをしたり旅行にも出かけました。スキー場や観光地では、こんな季節労働者がいたことを覚えています。

彼らを自由でいいなと思う反面、私には決められた価値観や期待があって、同じではない、私とは違うと確信していました。

しかし年齢を経てみると、それぞれに人生があって、味わいがあるものだと考え直しています。

「老年期は、人生の甘く芳しい果実でなければならないはずだ。」原書で読んでみたくなる瞬間でした。

私は英語はダメですが、原文には本物の魂があることを知っています。

Philosophy、海外の学生さんに大学院で何をしているのかと聞くと、「philosophyを勉強しています」と恥ずかしそうに答えたことがありました。

日本人にはない感覚でした。日本人は哲学などと言って分かったようにしていますが、あまり口にしたい言葉ではないですよね。

だからでしょうか、日本にはこんな本がないんです。彼らと対等に付き合うためには、本当は一番大事なことだと思っています。人として。

今も人気の由良守應

分家の出世頭の由良守應(もりまさ)の本が配布されました。彼は、何度か刑罰にあっていますが、祖母たちは「女の人のおしりを触ったからよ」と言って笑い話にしていました。

私はこの嘘話が気に入っています。芸者遊びが大好きで、何人ものなじみの女性がいたそうです。守應の本はこれまで何度も出版されています。

今回の本が一番まとまっているようです。しかし芸者衆を裸にして相撲大会を開催したり、伊藤博文らの護衛をしたり、陸奥宗光に付き合って刑務所暮らしをしたりと、まだまだ書かれていない人としての生き様があります。

欧米視察に同行した時も、別便で追いかけるようにしてサポートしています。岩倉具視らの日記にも記載されていて、政府の付け人として重要な役割があったようです。

ほとんど手紙などが残っていないのが不思議です。商人として成功していた菊池海荘や浜口悟陵などとも通じていたのにです。

とくに歴史の表舞台に躍り出たわけではないけれど、人として懸命に生き抜いた記憶は今も人々の記憶に残っているようです。

できれば今NHK大河ドラマでやっているような「西郷どん」みたいなドラマにならないものでしょうか。

由良守應

フランスから一人旅で来たTESSAさんです。

2週間ほどみかん採りを手伝ってもらいました。
秋から大学院に進学するそうです。

英語が少し苦手なようで、私の下手な英語ではどこまで話せたものか。根っからのフランス人らしく、地に足のついた方でした。

名前の由来はラテン語で「豊かな実り」なんだとか。

今、たくさんの外国人が日本に観光などで来ています。私たちも、ある程度、国際化の時代に対応していかなければと思いました。

TESSAさんのお父さんはスーパーマーケットを経営しているそうです。みかんの流通や日本のスーパーの様子が面白かったようでした。

フランスは、隣のスペインから安いオレンジ、野菜がたくさん入ってくるからね。南フランスよりも、日本の物価は高いって。

世間には偽物が多い

近所の開山興国寺に、足利義昭が住んでいたとは、私も初めて知りました。
このお寺は玄関の扉から屋根瓦まで、源氏の紋所、笹竜胆でいっぱいです。

当時、北条政子の荘園となり、実朝の墓が祭られています。足利義昭は源氏の末裔だからね。

道成寺へは、わが家に来るお客さんを連れてよく出かけます。「安珍、清姫の物語」を英語、フランス語、ドイツ語などで演じていただけます。

先日もタイからのお客さんに、タイ語でお話しされていました。インテリさんだったので助かりました。

私も刀が大好きです。たぶん、道成寺の宝物の刀を、私なら偽物だとは言いにくいでしょうな。

日頃の風力発電の低周波被害では、お偉い先生でも、ウソはウソ、似非は大きらい、と堂々と宣言するのにね。

ちなみに、来国行、国俊、国光、といって、来派の刀は京都で製作された名刀です。
随分とお高いのですよ。

百円売場で販売しています。

我が家のアパートは国道42号沿いにありまして、北側には古刹、開山興国寺があります。
それでアパートの前で百円売場を開設しています。

一袋百円ですから、一日に1.000円も売れるかな。無人販売なので盗まれることも多くてね。

こういうコソ泥は決まっていて、人として恥ずかしいことよ。一生、盗癖のせいでコソ泥をするんやろうね。

スーパーマーケットでアルバイトをしていた時も、店員にとっては誰が万引きしているか分かっていました。

個人的な被害に遭うから黙っていただけでした。
さて、今年は90俵の米の収穫が無事終わって、小口販売も大量にさばけました。ありがたいことです。米の質も良かった。

のんびりと「由良早生」「日南」のみかん採りをしています。肥が強すぎたのか、ちょっと酸味が強いです。
よかったら立ち寄ってください。早生ミカンの興津、宮川の品種は11月からになります。

なれ鮨が食べたい

由良町周辺では、この時期、秋祭りに合わせて「なれずし」(熟れ鮨)を各家庭で作って食べる習慣がありました。
一斗桶いっぱいに詰めて重石を載せて、一か月も漬け込むのです。

そうそう、その前に秋サバの大きいのを20日間、塩漬けにして、下ごしらえがありました。
桶には芳しい良い匂いがしてきて、水が上がってきたら食べごろでした。去年の古米を使わないと駄目でした。新米は柔らしくて溶けてしまうからね。

添付の記事は、フナ鮨です。酒の当てになるので、私は大好きです。
他にも、クサヤも美味い。少し高いけどね。嫌いな人は放っとけばよい。

是非、「鯖の熟れ鮨」味のポテトチップスも作ってほしい。クサヤもね。

本物は認められる?

産経新聞に載った記事ですけれど、本物はやはり実力を知らしめるものなんでしょう。
毎年、刀剣博物館では新作刀展が開かれます。松田さんの刀は、どうしても地味で目立たない。

それよりも、楠正成が持っていた、明治天皇の佩刀であった小龍影光なんかを見ると、オット、すごいじゃないかと思ってしまう。
小烏丸の宝剣を見ると神々しさを感じる。

私は直刃が好きなので矛盾している。直刃に業物多し、の言葉を信じている。でも縁があれば松田さんの刀を使ってみたい。