アメリカではホームレスがあふれているらしい。

ニューヨークの家賃が高いということは度々聞いてきた。それでもニューヨークに住みたい人はたくさんいる。添付記事では、西海岸、ロサンゼルスでも、家賃が高いというのだ。西海岸には日本人がたくさんいる。私が住む和歌山県からも、たくさんの移民した人たちが住んでいるはずよ。

こんな話は聞いてないけどな、と思うけれど、たまたま知人がアメリカで不自由していないだけのことかもしれない。私はJR紀伊由良駅前で、駅前アパートの管理人をしています。親の譲りモノなんだが、経営が大変で困っている。住人がいないのだ。

格安にしているし、季節にはミカンなどをプレゼントして機嫌取りもしている。家賃高騰とか、貸し部屋不足とか、日本では聞かないよな。それどころか供給過剰、空き家対策で困っているやろ。アメリカとはなんと違うことよ。

よかったら気まぐれにでも、セカンドハウス、別荘として、1ケ月でも借りてくれないか。光熱費込みで6万円ほどか。熊野街道のトレッキング、サイクリング、有間皇子などの万葉の旅路、釣り、漁師の探索、化石探し、何もないと思っても、意外な発見があるはずよ。

私の近所の興国寺なんか源実朝の墓があるし、足利義昭が数年住んでいた。道成寺も近い。道成寺には足利義昭が残していった名刀の来国光(偽名らしいが素晴らしい出来)がある。鑑定してみるのもよい。私は、來でなければ備前か粟田口かと思っている。こんな田舎にはもったいない一振りです。

梅の土用干しをしています。

毎年でもないですが、たまに梅干を作っています。山の片隅に植えた梅の木から梅をちぎってきて塩漬けする。梅雨が明けたら炎天下に数日間干して出来上がり。わりと簡単ですが、これがなかなか奥が深い。やってみると分かります。

母や祖母は紫蘇で赤くしていました。紅ショウガや福神漬け、スイカの漬物などに料理に使っていたものでした。私は一人暮らしなので白漬けです。やはり料理というか、質素になってきたものです。

夜、玄関に入れておくのですが、独特の強い香りで家中、梅干しの匂いで充満しています。お暇な方、是非、挑戦してみてください。自分で作った梅干しは美味いですぞ。

(老婆心ですが、少し塩は多めにした方が失敗がないようです。重さで言うと塩が2割強か)

(それから梅酢は、イノシシの肉の臭み抜きに使うと結構いけます)

お寺の坊さんが書いた本です。

一昔前の坊さんが書いた面白い本です。説教とか、法話といった話で、たまにこういった隙間のある本もいいわな、と思いました。私は物心ついた時には近所の古刹の興国寺でお薄と饅頭をいただきながら座っていました。

我が家は、高野山の真言宗と臨済宗でした。祖母が国防婦人会の会長さんなどをしていたとかで、長い戦後があったようでした。目黒絶海和尚が住職でした。達筆な人で酒が大好きだった。興国寺は専門学校としてたくさんの雲水がいた。

今は坊さんのなり手がないんだとか。この本の関大徹さんも、当時としてはごく普通の坊さんだったと思います。それほど宗教人として、社会に居場所があったし、必要とされていた。今は嫁さんがないとか貧乏は嫌だとかヘンなことになっている。

この本を読んで、子供の頃を思い出すのは私のような仏縁があるものだけか。是非にとは言わないが、暇を作って見てみるがよい。ふっと隙間、余裕のあることに気が付かされる。その人なりに、ということよ。

白浜温泉で一泊してきました。

白浜温泉のホテル川久のバイキングです。わりと美味しかったと思います。なんせ漁場の真横だからね。刺身や寿司が採れたてでした。朝風呂がとてもよかった。朝日が昇るのを見ながら、ゆったりと温い時間を過ごしました。他のお客さんも「素晴らしいな」と思わず話していました。

私は、風力発電がないのが一番でした。いつも不愉快な低周波音の空気振動に苦しめられていますので、何もない静かな環境が、どれほど有難く思ったかしれません。畑地区の谷口さんも温泉宿に避難したりしていました。風力被害者は、皆さんそうして苦しさから逃げて我慢していたのです。

それを否定して笑いものにする人たちは、なぜそんなことができるのか、疑ってください。海外では住民の人たちが連携して被害の深刻さを訴えています。日本だけは、なぜかそれがありません。暗示にかけられて心理コントロールされています。社会が壊されていることに危機感を持ってください。

ちなみに、谷口さんのご家族も、私の家族も風力被害を否定して、私の抗議を迷惑だと言っています。日本にも家族が一緒になって自宅を捨てて引っ越した人たちがいます。汐見先生は国家犯罪だ、と怒りをあらわにしていました。私も同感です。

番茶を作っています。

毎年、この季節になると茶摘みをして番茶を作っています。サラリーマンだったころ、子供の頃に飲んだお茶が懐かしくてね。家に帰ったら、自分で好きなお茶を作って飲もうと計画していました。かなり美味いと思います。スーパーで売ってるような安物ではありません。

新芽だけを摘み取って、すぐに蒸しあげて、杵で突いて、趣味の世界ですから一生懸命です。母の実家では、一晩桶に漬け込んでいました。各家庭にそれぞれの味があるようでした。和歌山では、茶粥、茶飯が有名です。

近所の開山興国寺では、行事のある時は大釜で茶飯を炊いて、そのおこげでおにぎりを作ってくれました。美味いのなんのって。もう50年以上前の、雲水さんがたくさん修行していて賑やかだったころのお話です。今は坊さんのなり手がないんですってね。

ESPETO(串焼き)というブラジル料理店にて

和歌山高専の近くにブラジル料理店が出来ました。以前からブラジル料理をごちそうになっていたので、気分転換に彼女たちと出かけました。深夜まで飲んでしまったよ。

サトウキビから作ったラム酒とライムのカクテルがとても美味かった。日本酒は大好きだけれど、ブラジルの名酒も華やかで肉料理と合っていました。たまにはね、羽を伸ばしたい。オブリガード

阿武隈山脈のドブロクをいただきました。

いわき市の中根さんとお付き合いを始めてからもう20年ほど経ちます。毎年、阿武隈山脈の湧水を汲んできてドブロクを仕込むのだそうです。10年ほど前に頂いた時にはフランスの高級ワインのようなふくよかな香りと味わいのある、これがドブロクか!、というような名品がありました。「これ、商売になりますよ」と私は電話したものでした。

この本は小泉武夫さんと云って、福島辺りでは有名人だそうです。梅田の本屋に山積みになっていました。この本を読むまで、私は阿武隈のドブロクが貴重な地酒であるとは知りませんでした。知って飲むのと、知らずに頂くのと、その差は計り知れません。福島へ行ったら、ぜひ、阿武隈のドブロクを飲んでみてください。逸品ですゾ。

甘夏の加工柑(ジュース)を出荷しています。

1トン車にコンテナが66杯、甘夏重量約1.6トン。以前は2回も3回も選果場に運んだものでした。今は八朔も甘夏もトラック一回と少しか。ずいぶんと生産量も減った。

今年の採算は、トントンというところか。とりあえずは2haのミカン畑すべてを採り終わって、よかったこと。アルバイトに来てくれたおばちゃんたち、おっさんたち、ホントにありがとう。

正月の同窓会に行きました。

1/2日、中学校の同窓会があるというので行ってきました。卒業生は確か96人ほどでした。

私は人付きあいが苦手で内気なタイプです。なんかエライ写真やな、と驚いています。

次は5年後、卒業50周年の時に集まる約束をしました。歳をとる、ってのは大変なことですよね。

村正の刀

何度か村正の刀を手に取って鑑賞させていただいたことがあります。薄身で、独特の物切れのする波紋がノタウッテいる危なさを感じたものでした。

一ツ胴裁断とか、二ツ胴裁断とか、昔の人は切れ味を試したわけが分かるような気がします。私はそんな刀は持ちたいとも思わないけどね。しかし現実には、山野嘉右衛門の裁断銘の入った刀を大事にしている人も多い。

三島由紀夫が六本木で腹を切って、首をはねられた事件はもう遠い昔話になったけれど、あれがもし、村正の刀だったら、楽に一振りで首が落ちたものなのに、と私は思いました。

11/24日、両国で日刀保の全国大会があります。参加費は高いけれど、毎回楽しみにしています。村正の刀も出品されているでしょう。刀剣博物館にも行ってみよう。