ゆら早生を採っている。

稲刈りもようやく終わって、米をあちこちに買ってもらっている。雨の日が続いたから、どうも乾燥、含水率に不安が残る。今は皆さん、米専用の冷蔵庫に保管するから、まぁ、いいか、と思うか。ちょっと失敗したからね。稲刈りにかかりっきりになっていたので、ゆら早生を忘れていた。

イノシシに食い荒らされて、糞まで大量にやられて臭いことよ。明日から、いつもの百円売り場で販売する。よかったら買いに来てくださいな。去年あたりから大量に買っていただくお客さんがいて、すぐ売り切れている。イノシシに半分くらい食べられたから、今年は品薄だね。

周囲の百姓連中もやられていて、だいぶん質の悪いイノシシらしい。イノシシを捕まえるワナが大量に仕掛けられているので、付近の人は注意てください。私の罠は旧式のカニばさみです。今年はハビ(マムシ)が多いから、山へ入る人は少ないと思うけど。

みかん畑の近くに風力発電があるので、しんどいことよ。いい加減に被害者を虐待するのは止めてくれるか。由良町で起こったことは、歴史に残るほど非道な事件なんやで。何が悪いのか、さえ分からない人たちは、心無い人と言われるんやろうね。風力発電を撤去してくれ。

盆にはかわいい妹たちが来てくれて

盆には灯篭焼きという行事があって、今年も年忌のある人が二人いて、灯篭を二つも作らないといけないのかと思案していました。二人とも100回忌だからね。とうとう8/15日の施餓鬼に拝んでもらうことにして、今年は勘弁してもらった。来年は親父の7回忌だから、どうしても法事と灯篭を作らないといけない。

長男の義務、というか務めよ。今年はコロナ禍で、例年の火祭りは中止だという。妹達には、たくさん溜まった塔婆やお札を、深夜に行われる灯篭焼きに持って行ってもらった。私は留守番よ。あるサイトにあったという写真を私に見せて、「これ、お兄ちゃんとちがう? パンツが見えている」という。どうやらそのようだ。

若気の至りで、20年ほどこんなことをやらせてもらっていた。暇だったからね。若いころの話よ。写真にしてみると、私も年取った。妹たちも、かわいくなったものよ。襖の文字は菜根譚の一説です。襖一枚につき、一文字だけ読めない当て字にして書いてある。はてどう読むのか? それが臨済禅の教科書、修行だというのだ。

それと、読もうとする人がそれなりのものでないと、字が読ませてくれないという。なんとも厄介な無門関よ。さらにこの書は「家庭有 個真佛 ~ 」から始まる。目黒絶海和尚は、我家の有様を見て、この書をしたためたに違いない。皮肉やなぁ、と気が付いたのは、割と早い時期からである。忠告してくれていたのだ。

今ではその意味がよくわかる。もう遅いよ、いや、まだ時間は残されている。たくさんの人に生かされてきた思いがよぎる。私も随分頑張ったつもりなのだと信じたいのだ。

百姓の盆よろこび

農家には昔から伝わる百姓言葉がある。稲作は今、花掛け、と言って白い花が咲いている。田植えをしてから刈り取りまで三月と十日。花が咲いたら一月後に稲刈りとなる。オッと、それまでに、籾に、コメになる乳がたまっていく。この乳を吸いにカメムシがやってくる。ウンカや紋枯れ病もある。10日後に消毒やな、と思いながら暑さに参っている。

今年は梅雨の長雨に祟られて、どうも出来が悪い。我が家では、1反に、8俵(60㎏×8)を目安にしている。10俵採れる時もあるけど、まぁ20年に1回やね。山から田んぼを見下ろすと、スカスカの稲穂が、地面の土まで見せてくれる。6俵あったらよいとせなあかんね。私が子供の頃は、せいぜい6俵だったんだから、毎年出来過ぎたんだろう。

ミカンもよくできている。もうイノシシが来て、ミカンを食い散らしているから油断も隙もない。かなりやられたよ。みかん畑の上では、地滑りが来て、農道が吹き飛んだ。最初は3mほどの段差だったものが、今日は7mほどの崖になっていた。毎日、地下の、すべり面に沿って畑が動いている。せっかく農道を修復しても、すぐにまた破壊されてしまう。

土木科を卒業したからね。山全体がすべり面に沿って動いていく、地滑り現象はよくわかっている。そうだ私は建設コンサルタントをしていたのだった。杭を打っても止まらないのさ。普通、百姓は盆が来ると、やれやれ半分まで来た、と一息つく。昼寝の習慣も百姓の特権よ。お墓の掃除もあるし、難儀なことになっている。

開山堂の火祭り

山からエニシダを刈り取ってきて、長さ4mほどの大たいまつを作る。男四人が、それぞれ二人ずつに分かれて、太いロープを持って、足で蹴り込みながら松明を締め上げる。私が子供の頃までは、80貫(3.75kg×80=300㎏)もあったそうだ。農協で測ってみたらしい。私が担いだ時には100㎏程の小振りになっていた。

半分以下の規模になっているのは私でも分かった。それでも重かったことを覚えている。叔母や大叔母たちは、私がそんなものを提げに行ったというので驚いていた。百姓の人たちの荒くれだというのだった。事実、私の叔父が、我が家で初めて土俑(大たいまつ)を担いだらしい。その人の50回忌の灯篭を持って、私は火祭りにお参りしていたのだった。

興国寺の灯篭焼きである。親父は三男坊で体が弱かったから、とてもそんな場面には縁がなかったらしい。写真に写る大たいまつは一本300㎏よ。それを一人で担いで放り投げたりして朝方まで遊んだというのだ。8/15日の満月の夜の奇習よ。舞台は三昧場で古い火葬場よ。真ん中には南北に三途の川があった。

S20年、グラマンに奇襲されて撃沈された艦船の戦死者100人ほどの骨が白く残っていたものよ。これも地域ではタブーになっている。私が子供の頃は、恐ろしい話として、ちょいちょいと聞かされてきた。私たち子どもは、その原っぱで飛び跳ねて遊んでいたのだ。無邪気なものよ。この風習もすでにすたれている。私が最後の世代だったようだ。

確かにあの頃は貧しかった。しかし人々に熱気があった。何をしても面白かった、と親父の友達連中は言っていた。戦争から解放されて平和をかみしめていたんだろう。ちなみに、こんな重い大たいまつを、若者たちは取りあった、「ワシが担ぐ」といって一人担ぐと、暗闇から、後ろから誰かが尻ケツを足蹴りしに来たという。

それでもみんなが夢中になって担いで遊んだというのだ。恐ろしい話よ。今、風力発電の被害で、地域の人々はすっかりアホになっている。私一人が「苦しい」と被害を訴えているが、すべての人が私を憎んでいる。被害者もいるだろうにね。何がこうまで人々を狂わすのか、私にはまだ分からない。S20年、8/15日の様に解放されることがあるんだろうか。

その時、やはりあの時と同じように、何をしてよいのかわからずに、座り込んでしまうのだろうか。いったい何をしてきたんだろうかと、うつろになった視線をさまよわせて。人は、何も考えないんだよ。こんな行事を仕掛けることで、地域社会を維持してきた。各地のお祭りは、ほとんど形骸化して、アルバイトさんの手を借りて、やっと行事にしているでしょ。

そのうち外人さんが参加するだろう。その時、宗教は関係ないのか。とうに彼らは宗教には関心はありません、といっている。いやな気配がする。

イアン・カーショー『ヒトラー』を読んだ。

いやー、すごかったですよ。そこらの戦争映画を見るより感動したんではないか。千ページを超えるハードカバーで、分厚くて重い。いつもは寝床で、寝転んで読むのが読書タイムなんだが、こればかりはそうはできない。テーブルの上に置いて読みふけりました。貴重な時間、というより日々を奪われたよ。今年の梅雨は、毎日雨だったので、百姓仕事ができなかったせいもある。

ジンギスカン、ナポレオン、シーザー、たくさんの英雄が本になっているけれど、この本は格別やね。だってヒトラーは英雄でも何でもなく、悪魔の権化でしょ。75年前の社会現象として、いかにヒトラーという化け物を人々が熱狂して支持したのかを証明している。

ドイツ人は今でも、ホロコーストや大量虐殺のことは知らなかった、と言うけれど、その意味も分かるような気がする。日本だって、あの時、爆弾を抱えて自爆攻撃をして「バンザイ」と言っていたのだ。そして今も同じ魔法にかけられている。誰も批判する人はいない。国際間の政治闘争は今も連続していて、ドイツは特殊な位置にある。日本もね。

私は風力発電の低周波被害を訴えている。目の前で、低周波被害が苦しいと言って死んでいった人たちに遭遇した。しかし行政は、警察は、むしろ被害者を弾圧して黙らせてきた。被害を隠蔽した。被害があることを分かっていながら、風力発電の建設を進めた。「お前は電気を使わんのか」「関係ない」、いったい誰のための公務員かと驚いたものよ。

地球温暖化説、再エネ社会の推進には否定や非難も多い。しかし風力発電を推進するのは環境保護団体だけではなく、日弁連、一般教員、学会、産業界、政府、政党、など強力にCO₂削減、気候変動の危機、などと熱狂しているのだ。なぜな?彼らはこの平和な日本社会で、風力発電の低周波被害に苦しんでいる人がいて、何度となく助けを求めて訴えている事実を知っている。

それでも「そんなこと言うのはあなただけだよ」とお決まりの拒否の言葉を繰り返す。笑えないのは、初めから被害者がいることに目をつけて「風力発電を考える会」などというグループを作って、被害者を一まとめにして潰してしまうやり方だ。各地で被害者たちは消されていった。優生思想か、最終処分か、地域は自由にコントロールされていた。

風力計画地も同じやり方で、風車の建設が進められている。環境破壊だけではない。人間性、社会の破滅に向けて「風力発電が必要だ」と繰り返すのだ。ナチズムと社会の関係にそっくりではないか。今のところアメリカのトランプ大統領だけが、風力発電などの温暖化対策に反対していると聞いている。ドイツはもうボロボロよな。そして日本も。

虎徹の刀

虎徹の刀は今も人気が高い。大体、300万円くらい出せば、手ごろな二尺三寸の品が手に入ると思う。バブルの頃は1千万円もしたというから、それも人気商品だったから、高値で買った人はため息をついているだろう。備前の祐定は、時代のわりに値段が安いし、据物切りに使っても現代刀よりよく切れると聞いている。

吸い付くように切れるで、といった刀剣家がいたものよ。虎徹で据物切りをする人はいないだろう。石灯籠を切ったという昔話はウソに違いない。直ぐ刃の虎徹を手に持って見たけれど、とても上品に見えた。数珠刃、ぐの目の虎徹が見慣れていて、鑑定会でもすぐわかる。ネットオークションで刀を買う人は素人さんだろう。

私も楽しみでよく見ているけれど、刀は手に持って見なければ何も分からない。日本美術刀剣保存協会の鑑定会には25年ほど通った。あまり上達はしなかった。それでも刀には不思議な魅力を感じている。現代刀も大好きだ。

ワラビ採り、甘夏採り、春本番よ。

今年二回目のワラビ採りをした。最近、ワラビの炊いたんばかり食べている。次はフキ、木の芽、お茶の葉っぱの天ぷら、酒の肴にあうのよ。阿武隈の湧水で作ったドブロクも飲み干してしまった。初めは普通に美味しかったけれど、一升瓶の半分を過ぎたころから急に甘くなっていって、最後は味醂のように甘ったるくなっていた。飲んでしまったけどね。

小泉武夫さんの本に出てくるように、阿武隈のドブロクはとても美味い。市販の清酒味ではなくって、みずみずしい香りとフルーティーが体にしみわたる。毎年、もう20年ほど飲み続けているから間違いはない。地方には美味しいものがあるのだ。今年もやっと甘夏を取り終える。出来は、これまでになく悪かった。マルカイガラムシをわかしてしまった。

大失敗よ。手伝っていただいた人には本当に感謝している。ありがとう。すぐに田圃の支度もあるし、春肥、消毒が待っている。剪定もしなくては。風力発電の低周波被害が酷くて、苦しくてならない。私だけではないだろうに、なぜ誰も止めてくれと抗議しないんだろう。権力による組織的な心理コントロールとはいえ、日本人のダメさがよく分かる。

「なぜ由良さん一人が反対しているんですか?」本当に私もなぜなのか分からないのだ。ただ、谷口さんたちをはじめ、被害者たちが苦しみながら死んでいくのを見て、それを笑いものにして喜んでいる人たちを見て、これはイカンだろうと思うのだ。被害者、そして傍観者が狂う風力被害は、組織的にやられているから、次に何が待っているのか、本当の怖さはこれからなのだろうと予感している。

一人暮らしに梅の花

毎年、この時期、甘夏と八朔を採っていると、梅の花が咲いています。これが三月になって、山桜が満開になるまで、毎日、収穫と出荷で大忙しよ。田圃もあるし、稲作の準備が頭をかすめている。

この梅は南高梅といって、梅干しにすると柔らかくて美味しい。一人では食べきれないから市場にも出荷している。年と共に農作業がこたえている。やはり還暦よな。

これから伊予柑と八朔を収穫します。

温州ミカンが終わると伊予柑と八朔、それからオレンジ類、甘夏と続きます。親父が松茸山を開墾して、たくさんのミカン畑を残してくれたおかげで年中暇なしよ。子供の頃は毎日、開墾、開墾の生活よ。夢のある時代だったんだろうと思う。

夜は星を見ながら、月の明かりでトンガを振るっていた。掘削機械はなかったから、すべて手で掘り返したのだ。今の若い人には言っても通じないやろうな。

よかったら一箱買ってくださいな。ミカン採りに来てくれても嬉しいし。3月までやっています。

宝物を手に入れました。

500円で、記念硬貨と交換してきました。安上がりの趣味というか、これで家宝が一つ増えました。この硬貨は「カネ」として流通しないだろうから、莫大な利益があったと思う。錬金術という言葉がある。まさにこういう仕組みを言うんだろう。ぜひ、収益は大切に使っていただきたい。

親父は毎年のように東宮にミカンを送っていた。知人が勤務していたからだが、礼状をもらって喜んでいた。親父にも素朴な信仰があったらしい。私にできるのは500円の記念硬貨を購入するくらいか。できれば銀貨にしてもらいたかった。

しばらくは、こういう記念硬貨が出ることはあるまい。小判型とか、一分金の四角形とか、どうせ流通しないし記念品なんだから、想定外の記念硬貨でもよかったんではないか。プレミアがついて、値上がりが楽しめるオマケ付き、とかね。